maiko no ashiato

日々のきろく

精神病や障害とわかって一旦絶望したけれど、少しだけ立ち直るきっかけになった言葉。

 

あなた、精神病(精神障がい)ですよ。

そんでもって、完治はいたしません。

 

と宣言されたとき知ったときの絶望感。

薄々なんか変だな世の中で上手くいかないな。という自覚はありました。

会話しててもズレているとよく言われるし、物忘れも激しい、気分はコロコロ変わる、何より我慢強さが足りないからか仕事が続かない。

続けようとすると鬱症状が出て来て、メンタルが弱い自分をずっと責めていたんです。

ひとつのことを淡々と積み上げていける人のこと、お勤めを当たり前のように何年も続けていける人を羨ましく尊敬していました。

 

今までそれでも頑張っていたつもりだったけれど、頑張れていなかったのか。

「今」を大切にするために考えて行動して。けれど統合失調症で入院にまでなって、記憶もなくなって、離婚もして。

続けられる仕事を探し続けていたし、家庭問題の改善にも取り組んできたつもり。

でも、なにもかも努力不足だったのか、甘ったれていたのか。

病気だから頑張っても無駄なのか、もう何もワカラナイ。

 

そんな気持ちになった時、ある人から言われた言葉ではっとしました。

 

「今までの言動や性格に名前がついただけだよ。」

 

前向きにこの出来事をとらえるのならば、私は今まで乗り越えようと思っても上手くいかなかった要因のひとつに名前がついただけ。

今まで課題になっていた私の上手くいかない現象には双極性鬱や統合失調症だと、一部の原因がわかりました。

そして名前がついたからこそ、自分の特徴や個性として受け入れて生きていくことができます。

病気や障がいについて学び気をつけることができます。

もう病で失い、苦しむなら死んでしまいたいと絶望した日もあります。

鬱のせいでしょうか、今でもよくよくあります。

けれど、病と割り切ってそのまま死ぬより思いっきり目指したかったものを目指せる勇気も湧いてきました。

そんな情緒不安定な日々を送って乗り越えようとしている今であります。

 

もう一般的なお勤めはできないかもしれません。

しかし、病名、障がいが分かったからこそ、できないと割り切って別の生き方や方法を探したい。

働きたいと思った場所で差別を受けたり拒否される恐怖はありますが、それは自分にとってもともと縁がなかった人や場所だと受け入れる。それを覆す行動をしてみる。そういった強さや柔軟さが欲しいです。

そうなれるよう、自分なりにこれからを工夫してみたいと思います。